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2011年10月

2011年10月31日 (月)

ほんとの空がみたいとふ、智恵子さんに寄り添う。part.2

※つづき 前のページから

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智恵子抄】で、光太郎が描いた、純真無垢な女の智恵子さんがあまりにも有名になり、智恵子抄から一人歩きし出した。そんな感じで、光太郎に創られた造形美の妻、智恵子像が、たぶん、日本人には、受け入れられ、容易く、映画や歌謡曲やドラマに飛躍していったのでしょう。

そんなことは、ほんとうに、智恵子さんは望んでいたのか、否か。それを知る由もなし。天に昇った智恵子さんに訊ねる術も、持ちえないけれど、【
智恵子抄】のなかで、恋する智恵子さんの姿を如実に物語る詩が、一編ありました。『人に』という詩です。


ここに居る智恵子さんは、一途です。誰からも祝福される今どきの恋愛ごっこではなく、命懸けの恋に突進するかの勢いがあります。そして、光太郎と智恵子の二人だけの甘い時間は、誰にも理解できない、けれど、二人には、もうこれ以上表現さえもできない程、恋人に抱かれるために、天空を駈けてくる天女にも似て、透明で美しいと想います。きっと、この時の智恵子さんの肌は、透き通るほど、白く輝き、燃えたぎる血潮で、その胸の内は、紅に染まっていたことでせう。

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ほんとの空がみたいとふ、智恵子さんと夜更かし。 part.1

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私が詩を好きになった切っ掛けは、このブログの扉ページ “詩心の芽生え”でも、綴っていますが、男女の恋愛や夫婦の在り方として、本格的に詩集を読んで、影響を受けた詩は、高村光太郎の【智恵子抄】で、あったかもしれません。それは、小学6年生の頃に遡ります。当時の私は、GS(グループサウンズ)のザ・タイガースが大好きな少女でした。その中でも、甘いマスクのジュリー(沢田研二)が大好きで、彼の生い立ちにも興味持ち、その頃の雑誌の切り抜きやプロマイドを集めては、夢見る夢子ちゃんでした。だから、ジュリーが銀閣寺の近くに実家がある京都育ちであり、生まれは、母親の里、鳥取であったこと。障害を持つ妹がいて、母親の名前が智恵子さん。何かの記事に、母親と同じ名前を持つ、智恵子抄の詩集を愛読してるとあったので、同じように読み耽り、当時は何編か暗唱してしまうほどでした。

※朱色画像の詩集は、『智恵子抄その後』1950年発刊であり、ここでいう本来の『智恵子抄』ではありません。

それが、ひょんなことから、また、その智恵子抄を紐解くことになるとは、想ってもいませんでした。

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