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2011年10月31日 (月)

ほんとの空がみたいとふ、智恵子さんと夜更かし。 part.1

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私が詩を好きになった切っ掛けは、このブログの扉ページ “詩心の芽生え”でも、綴っていますが、男女の恋愛や夫婦の在り方として、本格的に詩集を読んで、影響を受けた詩は、高村光太郎の【智恵子抄】で、あったかもしれません。それは、小学6年生の頃に遡ります。当時の私は、GS(グループサウンズ)のザ・タイガースが大好きな少女でした。その中でも、甘いマスクのジュリー(沢田研二)が大好きで、彼の生い立ちにも興味持ち、その頃の雑誌の切り抜きやプロマイドを集めては、夢見る夢子ちゃんでした。だから、ジュリーが銀閣寺の近くに実家がある京都育ちであり、生まれは、母親の里、鳥取であったこと。障害を持つ妹がいて、母親の名前が智恵子さん。何かの記事に、母親と同じ名前を持つ、智恵子抄の詩集を愛読してるとあったので、同じように読み耽り、当時は何編か暗唱してしまうほどでした。

※朱色画像の詩集は、『智恵子抄その後』1950年発刊であり、ここでいう本来の『智恵子抄』ではありません。

それが、ひょんなことから、また、その智恵子抄を紐解くことになるとは、想ってもいませんでした。

と、いうのも、来春、新年早々から、東京に住む娘が一人芝居を都内ですると言い出したからです。で、その演目が、智恵子抄に関係するし、舞台衣装が着物を 3幕ほど着替えるので、衣装に見合った着物を持ち、着付けができる私が舞台裏担当で駆り出される展開になったのです。この芝居の詳細は、また、後日、チラシが刷り上がってから、正式発表致しますので、乞うご期待!


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そんなこんなで、図書館から、高村智恵子に関する本や図録を借りてきたり、自前の本を紐解く日々が最近続いて、秋の夜長に、私は、あの“ほんとの空がみ たいといふ”智恵子さんと、向き合って夜更かしをしています。彼女の切り絵や千代紙や、平塚らいてう等の雑誌『青鞜』の表紙に描いたイラスト画や、白黒 写真の姿を眺めては、溜息をついたり、憧れの眼差しで愛おしく作品に恋したり…。当時の長沼智恵子というお嬢さんから、高村智恵子という妻になった一人の 芸術家の女性と、そんな純粋無垢な女を妻にした、光太郎という彫刻家であり詩人の卓越した才能の男性を見比べては、男と女や、夫と妻の間にある、難しい心 の居場所の在処を探っています。

【智恵子抄】には、有名なフレーズの詩が沢山あります。


“あれが阿多多羅山(あたたらやま)、
あの光るのが阿武隈川。”


★『樹下の二人』――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――
で、の冒頭の言葉だったり、


“智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。”


★『あどけない話』の、とっても印象的な回顧文であり、


私が何よりも感化されたのは、

“わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした”


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★『レモン哀歌』での、最期の智恵子の姿を描いた詩。これには、レモンの黄色と、その薫りまでもが飛び散り、詩の行間からレモンの汁が顔面に降りかかってきそうな殺気まで感じたほど。トパアズいろという色彩表現に、何度も心の扉をノックされたように、リフレインしてくるフレーズです。アダムとイヴが、林檎の果実で、神の怒りにふれた如く、光太郎と智恵子には、このレモンの果実が、ふたりの恋の結末に、神が与えし、契りの象形なのでしょう。私には、このレモンの存在が、二人が最期に交わした接吻のように想えてなりません。

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だからといって、光太郎が綴った詩集の智恵子さんが本当の智恵子の姿を映しだしていたかといえば疑問です。これは、男から観た、ある一人の女の憧憬。愛する人が死に、数年後に出した詩集。美化されていないとは、言えないでしょうし、まるっきり、正反対の心を、光太郎は詩に託したかもしれません。所詮、恋した男女は、正気の沙汰ではありますまい。それならば、その狂ったままの詩が、私は本来の智恵子さんの姿を描いているといえる気がしています。そういう意味で、好きな詩は、どれかと想い、読み返してみたら、ありました。大正2年に作詩した『人に』というタイトルの詩。これこそ、智恵子さんらしい。いえ、恋する女と男の、狂った果実そのもの。私にも経験がありますゆえ、ingの現在進行形であるかもしれない(笑) そんな危険度を含む詩に、女の部分の私は惹かれます。

着飾った美化した智恵子さんではなく、全くもって、野性的な、獣のような心を隠し持つ“毒の華”の智恵子さんに…絶賛の拍手の嵐を天に贈りませう。 ※『人に』の詩は次へ、つづく


 

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