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2012年8月30日 (木)

美智子皇后の翻訳された詩が、海外の子どもたちへ。

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先日、図書館で一冊の本に目が留まりました。【 バーゼルより 子どもと本を結ぶむすぶ人たちへ 美智子 】という、タイトルの文藝春秋から発行されたこの本です。著者の名前は、美智子といえば、そう、美智子皇后さま。かねてより、美智子さまの文才や知性は、「ねむの木の子守歌」でも作詞をされたように、高いものがあることは承知しておりましたが、海外の子どもたちへ向けて、日本の詩を自ら翻訳されて無償で文化的活動に貢献されていたことは、この本で初めて知りました。

この本は、2002年(平成14年)、9月29日~10月3日まで、スイスのバーゼル市、コングレス・センターで開催された IBBY イビ (International Board on Books for Young People) ―国際児童図書評議会― 五十周年記念大会において、9月29日夜の開会式において、皇后さまがされたお祝いのご挨拶をまとめた内容でした。実際のご挨拶は、英語でされたそうです。流石です。皇后さま!それを日本語に直し紹介している本でした。

その本文のなかで、私が感銘を受けたお言葉と内容が沢山ありましたので、ここのそれを抜粋して、ご紹介したいと想います。全てのこどもを持つ母のためにも、そして、世界中の子どもたちの純粋な心に響く児童図書の存在に敬意を表して…。


★ IBBY 
イビ ってなに?: http://www.jbby.org/ibby/index.html

★公式サイト IBBY : http://www.ibby.org/




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皇后さま自身がIBBYの活動と最初に繋がりをもたれたのは、1980年代の終わり。IBBY日本支部(JIBBY)は、1990年国際ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞の候補者として、詩人まど・みちお氏を選び、詩の翻訳を美智子皇后に託されたのが発端です。受賞することよりも、せめて各国の審査員に、日本にはこういう詩人がいることを知って欲しいからという手紙と共に、まどさんの詩集が数冊送られて、手紙の末尾には、翻訳料はなしで、と書き添えられていたそうです。それにしても、皇后さまに直々翻訳を願い出る度胸も、まして、無償でというお手紙を書かれた御仁はどんな方かしら?という方に、私は、興味が沸きました(笑)。

皇后さまに、まどさんの詩の翻訳をお願いした御仁とは、島多代さん。この方が、IBBYの会長をされていた頃、島さんが歌人としての皇后さまに注目されていた昔、皇太子妃殿下であられた頃に英訳された永瀬清子さんの“あけがたにくる人よ”を、日本ペンクラブの英文季刊誌で読んだことがあったからとか。それにしてもこの無謀さは、島さんご本人も苦笑されて告白されてましたが、学生時代、皇后さまの下級生であられ、一緒に学内の活動をされた時期があったので…ということですが、物怖じせず、天晴れ!というしかありません。


そのご挨拶の中で、皇后さまのお言葉を抜粋~

*****
 私はそれまでに、それほど、多くの詩を英訳していたわけではなく、十数年にわたり、招かれていた英詩朗読会で読むために、年に三、四編を訳していたに過ぎません。そのほとんどは、私が結婚し、三人の子どもを育てている頃に読んだ日本の詩の英訳でした。
 子どもが生まれ、育っていく日々、私は大きな喜びと共に、言いしれぬ不安を感じることがありました。自分の腕の中の小さな生命は、誰かから預けられた大切な宝のように思われ、私はその頃、子どもの生命に対する畏敬(おそれ)と、子どもの生命を預かる責任に対する恐れとを、同時に抱いていたのだと思います。子どもたちが生きて行く世界が、どうか平和なものであって欲しいと心の底から祈りながら、世界の不穏な出来事のいずれもが、身近なものに感じられてなりませんでした。
*****

ほんとうに、そうですね。皇后さまが述べられている子どもたちへの未来が、いまこそ、平和であって欲しいと願う気持ちは、私たち、311以降、天災や原発の人災や放射能に怯える日本人には、身につまされる祈りににも似た現状です。世界には、テロや内乱や紛争が絶えることなく、いつまでたっても、人間界は、諍いをしていることが嘆かわしいです。

皇后さまは、その依頼から4年の歳月をかけて、まど氏の詩を訳されたそうです。八十編にも及ぶ翻訳。この翻訳を通して、各国のIBBYの会員さん等と逢う機会を得られ、多岐に渡り、作家・画家・研究者・翻訳者・出版関係者・教育関係者・図書館関係者などと知り合われ、その活動の幅や奥深さに共鳴しれたそうです。

*****
 1998年、IBBYのニューデリー大会における基調講演を求められました。大会のテーマは、「子どもの本を通しての平和」で、私は第二次世界大戦の末期、小学生として疎開していた時期の読書の思い出をお話しいたしました。
 身近にほとんど本を持たなかったこの時期、私が手にすることのできた本はわずか4、5冊にすぎませんでしたが、その中の一冊である日本の神話や伝説の本は、非常にぼんやりとではありましたが、私に自分が民族の先端で過去と生きている感覚を与え、私に自分の帰属するところを自覚させました。この事は後に私が他国を知ろうとする時、先ずその国に伝わる神話や伝説、民話等に関心を持つという、楽しい他国理解への道を作りました。
*****

幼き日の本との出逢いは、人との出逢いよりも凄いものがあるということは、私も経験していますが、疎開先での美智子皇后さまのような感銘の仕方は、並大抵の文学少女ではない、聡明さと本から得られるイマジネーションの豊かさに胸を打たれました。そのなかでも、「世界文学選」二冊に入っていた詩や手紙などからも感銘を受けられたようで、次のようにご挨拶で述べられています。

*****
 二冊の本は、私に世の中の様々な悲しみにつき教え、自分以外の人が、どれ程深くものを感じ、どれ程多く傷ついているかを識らせました。そして、生きていくために、人は多くの複雑さに耐えていかなければならないことを、私に感じさせました。それとともに、それらは私に文字や言葉の与える心の高揚を実感させ、私の中に喜びに向かって伸びようとする芽を植えました。戦時下の地方の町に住みながら、私は本という橋の上で、日本の古代の人々とも、また、異国の人々とも出会い、その人々の思いに触れていました。疎開先を訪ね、黙ってそれらの本を手渡してくれた人があったことは、私にとり、幸運なことでした。
*****

そうですね。これらの感想は、そのまま、現代の日本人にも受け継ぐべき生きる糧かもしれません。特に、東日本での大地震で被災地で、仮住まいを体験している方々や、放射能に怯えてくらしている福島の人々など、力強く生きるための指針に、誰もの心にやさしく届く深い内容で一冊の本は成り得るということもいえなくないでしょうか。

最後に、美智子皇后さまが、子育てをされていた頃に読んだ本で、忘れない詩<頬>がありましたので、それをご紹介したいと想います。ご興味沸いた方は、ぜひ、この竹内てるよ詩集を手に、読んでみてください。(原文 旧かなづかい)

      < 頬 > 

生まれて何もしらぬ 吾子(わがこ)の頬に
母よ 絶望の涙を落とすな

その頬は赤く小さく
今はただ一つの巴旦杏(はたんきょう)にすぎなくても
いつ 人類のために戦ひに
燃えて輝かないといふことがあらう

生まれて何も知らぬ 吾子の頬に
母よ 悲しみの涙を落とすな

ねむりの中に
静かなるまつげのかげを落として
今はただ 白絹のようにやはらかくとも
いつ 正義のために戦ひに
決然とゆがまないといふことがあらう

ただ 自らのよわさといくじなさのために
生まれて何も知らぬ 吾子の頬に
母よ 絶望の涙を落とすな



    詩作   竹内てるよ(1904―2001)




※このように、深く時代と共に、子どもを想う気持ちがあふれる美智子皇后さまが、まどさんの詩を英文で訳されたのは、どんな詩であったのかしら?この次は、その詩をさがしてみようと想っています。











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