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2012年9月 8日 (土)

グロキシニアの花に誘われて。

あなたは、この花の名前をご存知でしょうか?そして、この花に纏わる、歴史上の秘話、恋愛事情も…。

その名は、「グロキシニア」。花言葉は、“豊麗” http://www.birthdayflower366.com/07/10.html

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私にとって、この花は、特別の存在になったのは、昨年の秋から。ちょうど、この詩のブログhttp://poesie-may.cocolog-nifty.com/poem/2012/02/post-5222.html にも綴っていますが、娘が、ひとり芝居で「売り言葉」をこの春に東京で上演したことから、その黒子で着付けや裏方を手伝ったことからです。その芝居は、野田秀樹脚本で、女優・大竹しのぶが、10年前に上演した戯曲でした。内容は、智恵子抄がもとになり、詩人であり、彫刻家・高村光太郎とその妻、智恵子の生涯を描いた男女の心模様の変化と時代への雄叫びのような激しい結末で、智恵子の命が絶えるまでを描いていました。

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その高村光太郎の詩集【智恵子抄】の中に、何度かこの花は登場します。その前にも、実際に、グロキシニアの花の鉢植えを新築のお祝いに抱えて、明治44年、独身時代の長沼智恵子は東京駒込の光太郎のアトリエを初めて訪れます。その縁の切っ掛けは、智恵子の大学の先輩・柳八重が、光太郎の友人・柳敬介と結婚したことから智恵子の方から紹介してと頼んだと、言われてい ます。智恵子さん、恋に、積極的だったのですね。

それから、舞台設定や着物を見立てた頃より、私の心には、常に、この花のイメージが膨らんでいました。特に、娘時代の初々しい智恵子には、着物や帯でもこの花に似た華やかさを出したいと願っていました。稽古を始めた時期が晩秋であり、すでにこの花の開花時期は過ぎていたので、実際にこの花を観たことがないのが残念でしたが、検索したり、智恵子の切り絵作品の図録からひも解き、イメージを自分なりに表現して舞台に挑みました。

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だから、常に、芝居を終えても、私の心の中には、グロキシニアの花は咲いていて、いつかその花を実際に手にしてみたいと願っていました。それが、幸運を招き寄せたのか、ある夏の午後、買い物に出たついでに、ふと、花屋さんへも立ち寄ってみたくなり、帰りかけていた踵を返して、私は何気なく花屋の店先に並ぶ花を見つめて、ハッとしたのです。あ!あの花は、もしや?夢見ていた、憧れの「智恵子さんの花では?」と、想った瞬間、鉢植えの紫の花を手に「これ、ください」と、購入してました(笑)。私にとっては、花を買ったというよりも、智恵子さんに出逢ったような衝撃でした。これを逃がしたら、もう二度と逢えないような切ない気分になり、同時に、やっと逢えたんだという、興奮にも満ちてました。

 

綺麗な花です。豪華な花です、まるで、ベルベッドのような、別珍の生地のような、厚みのある光沢と、華やかさを醸し出す存在感がありました。葉っぱも大きく、触ると、細かい髭が密集していて、弾力があるのです。なるべく蕾の沢山ついていて、開花は少ないものを選んでみました。それには、この花を実際にもう一人、見せてあげたい人がいたからです。そう、智恵子の役をこなした娘です。彼女も、この花はまだ実際に観たことがないので、お盆に帰省する日まで、花を枯らさず、蕾が開花してくれるような鉢植えを選んだのです。

この花のイメージで、新春公演の舞台に祝いに贈った盛り花のことは、私のアロマのブログに、詳しく光太郎の書いた詩<N―女史に>や<亡き人に>も添えて綴っているので、併せてご覧くださいね。http://mycreateur.exblog.jp/17436845/

 

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本当に、幸運にもこの花を手にし、娘にも、お盆にこの花を見せてあげられ、役目を果たしたかのように、今、9月になり、この花は、萎んで、腐って、散って行こうとしています。

光太郎が智恵子の見合いを知り、よその男に取られてしまう心境を綴った、詩の一節のように、

 

 

 


  いや、いや、いや
  いやなんです
  あなたの往つてしまふのが―
  私は淋しい、かなしい
  何といふ気はないけれど
  恰度あなたの下すつた
  あのグロキシニアの
  大きな花の腐つてゆくのを見るやうな
  私を棄てて腐つて行くのを見るやうな



光太郎にとっても、このグロキシニアの花は、智恵子そのものだったのではないでしょうか?それにしても、当時、この花の鉢植えをお祝いに持参した智恵子さんは、いったい何をこの花にたくしたのでしょうか?何色の花びらだったのかしら?恋する乙女は、魔物です。妖しい女心を垣間見るような不思議な魅力がこの花にはあるようで、あれ以来、私の心をも捉えて離しません。
けど、不思議なことに、このグロキシニアって、花の香りはないのです。無臭といってもいいほど。何も馨りません。これも、謎です。謎めいていて魅了されます。

 

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当時、冬のシクラメンに対して、夏のグロキシニアとも称された、贈り物には最適な鉢植えだったと言われていますが、智恵子さんは、それだけでこの花を選んだのではないような気がします。自分の存在をこの花に置き換えて、光太郎の傍にそっと置いてきたような…それから、光太郎の心をこの花は見事に占領して、ふたりは恋に堕ち、結ばれ、また悲劇とも秘話とも呼ばれるような純愛詩【智恵子抄】を、この世に光太郎は遺し、智恵子さんは、「切り絵」の作品で、あちらの世界で彷徨う自分の心を、光太郎に褒めてもらいたい一心で形見に遺したのですからね。今一度、「智恵子抄」の詩の世界、ふれてみてください。



あなたの中でも、きっと、このグロキシニアの花は、謎解きのように問いかけてくれるはずです。じっと、私を見て!と。



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※照明の光線により、濃い紫の花が、紅色のようにもこの画面では見えますね。心模様で七変化するかの如く(笑)。魅了される花です。たくさん蕾が花開き、一番の開花期に娘に見せることができたのが何より幸いでした。智恵子さんに逢えたような夏でした。



娘が演じた智恵子と光太郎のひとり芝居『』に関することは、私の「言の葉の色香」にも綴っています。お芝居や和服に興味のある方はぜひこちらもお立ち寄りください。

http://myclematis.exblog.jp/17079681/  来春、新年早々、娘が、ひとり芝居を。

http://myclematis.exblog.jp/17353154/  娘のひとり舞台が、こうして開幕した。

http://myclematis.exblog.jp/17480437/  小道具ひとつにも、想い入れがある。

http://myclematis.exblog.jp/17423192/  お江戸で、ひと花、咲かせますル~


 





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コメント

グロキシニアの青系の花
画像いただいてよろしかったでしょうか!?

エブリスタのクリエイタ友に見せたいと
それ以外は
使いません
よろしくお願いいたしますm(_ _)mcherryblossom

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