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私の詩

2012年3月14日 (水)

わたしからあなたへ ♪命のバトン

今年の3.11は、ちょうど、あの東日本大震災から一年が経ち、各地で被災地へむけての祈りが、地震の起こった午後2時46分に1分間の黙祷という形で表現されました。国をあげては、 東京都千代田区の国立劇場で行われた「東日本大震災一周年追悼式」で、天皇皇后陛下も式典に参列され、亡くなった方々の御霊に追悼のお言葉を述べられました。
http://www.asahi.com/national/update/0311/TKY201203110147.html


〈東日本大震災追悼式〉天皇陛下のおことば全文    *朝日新聞デジタルより抜粋

 追悼式での天皇陛下のおことばは次の通り。

 東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に深く哀悼の意を表します。

 1年前の今日、思いも掛けない巨大地震と津波に襲われ、ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。

 さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から離れざるを得なくなりました。再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという困難な問題が起こっています。

 この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、被災者のために様々な支援活動を行ってきました。このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、深くねぎらいたく思います。

 また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため様々に心を尽くしてくれました。外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと記されているものがあります。世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

 被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくようたゆみなく努力を続けていくよう期待しています。そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが大切と思います。

 今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。




テレビでオンタイムにこの映像を観ながら、私は、国の象徴であられる天皇という存在の意義を尊いことだと実感しました。この国のカタチの天皇制は、いわば、唯一の日本人の誇りではないでしょうか?昨今の政治が毅然としていないからこそ、こういうお言葉は心に染み入ります。お傍で凛とした立ち姿で喪服を召しておられた皇后美智子様のお姿には、慈愛と慈悲のお心がそのまま絵になるような雰囲気でした。この両陛下のお心が天に届きますようにと、祈らずにはおられません。

あの大津波で命を落とされた尊い御霊たち。そんなことが起こるなんて一年前のあの日、誰が想ったでしょうか。私は、自分の詩で、3年前に、こんな詩を綴っていたことを想い出したのですが、一周忌の慰めになればと、今回このブログに発表します。この“命のバトン”という詩は、語り継ぐべき一人一人の私たちの人生には、期限があるけれども、次の世代へ、未来へとバトンタッチするように、その繰り返しで生きているということを、伝えたくて書きました。東京に住む親友のKさんへ、この詩にいつか曲をつけて欲しいとお願いしています。だから、現代詩というよりも、歌の為の詩です。作詞ですが、いまこそ、この詩のもつ言霊が高らかに多くの方の胸に響きますようにと、切に願います。

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2011年11月30日 (水)

秘密の抜け道

人生を長く生きていると、過去・現代・未来の場面での自分の立ち位置が、大きく変わることがあります。昔、若かった頃、私は、一途な恋をしていました。今の、私なら、その時の恋を、どうするかな…時々、そんな悪戯心が湧きだします。けど、あの時の、あの場面での私は、いまの私ではないので、こんな恋の仕方しかできない、危ない娘でした。そんな恋心を想い出して、3年前に書いた詩が、「秘密の抜け道」です。いまの、私とはちょっと違う?いえ、本心は相も変わらず、同じかもしれませんが、壊れそうな恋が、好きな女なんだと、つくづく感じています。

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2011年8月27日 (土)

追伸

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先週、愛媛に帰省する直前、中学生時代のT君の訃報を知り、私のお手紙のブログ【言の葉の色香】http://myclematis.exblog.jp/ にも綴りましたが、ここでは、昔、私が20代の初め、そのT君に出したくても出せないままの気持ちを、“追伸”という詩で綴ったことを、ふと、先日想い出したので、ここに紹介したいと想います。

あの時、手紙に書きたくて、綴れなかった残りの気持ちを、詩に込めた、淡い恋心の作品です。やはり、生きている内に、届けることができなかった。T君も、最後に出した私の手紙に、生きている内にお返事を書けないまま逝ってしまわれたように、だから、追伸なのですが…夜空の星になった彼には、ようやく届けることができそうです。静かに、夏の夜空を見上げてみると、涙がこぼれますが、あの時の私になって、心を込めて詩をしたためます。

その当時、私は、詩人・(故)喜志邦三先生について、【灌木】という現代詩の同人(どうにん)でした。毎月、書いた新作の詩を持ち寄り、それについて批評しあう勉強会のような合評会に参加してました。その同人誌が、探してみたら、偶然にもこの“追伸”という詩を掲載した号だけが、手元に残っていたのです。多分、他は、引っ越しでどこかに置き忘れたか、実家の母の元へ毎月一冊贈呈していたので、私の手元には、いまは、これしかないのですがね。

この現代詩の同人【灌木】のメンバーは、関西では名だたる文化人が集う有名な所でした。残念乍、当時の私には、単なる物好きの中高年の方にしかみえなくて、その著名ぶりを知ったのは、だいぶ後になってのこと。恩師である喜志邦三先生がお亡くなりになった頃、私も結婚し、その現代詩の同人を退いた頃と重なります。

◆灌木(かんぼく)の表紙と挿絵には、画家の巨匠、須田刻太画伯のもの。もうコレだけでも凄いのですが、関西の文化人であり、喜志邦三師の門下生でもあった作詞家・もず唱平氏も、灌木の同人メンバーのお一人でした。

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2010年12月20日 (月)

おとこ川おんな川……作詞秘話。

金沢に流れる二本の川、犀川と浅野川をあなたはご存知でしょうか?このふたつは、別名、犀川を“おとこ川”、浅野川を“おんな川”と呼ばれることを、私が知ったのは、6年前でした。当時、金沢に住む友人から、北國新聞記事に掲載されていたコラム記事を教えてもらったことがきっかけで、川と街並みの風情や文化の香りが面白く感じて、その連載記事(2005年)の切り抜きを、金沢から送ってもらっていました。コピライターという職業柄、私は言葉の謂れや、意味にとても興味があり、ついつい、深入りしてしまう癖があります。それが、いつ役に立つのかどうか…は、当時の私は毛頭考えが及ばず、昔、京都で仕事をしていた時のように、文化の香る古都の街並みの風情や、それらにまつわるエピソードを知ることが、煌く心の宝石をもらったような気分で好きなのです。

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2010年11月22日 (月)

彼岸花に魅せられて。

最近、温暖化の影響か、季節感がずれている感じをうけます。つい先月のこと、久しぶりに訪れた大阪城の周辺で、彼岸花をみつけました。開花が、今年はすごく遅れていることは、ニュースで知っていましたが、本当に、遅咲きの彼岸花でした。その途端に、私は、16年前に自分で書いた“曼珠沙華”の詩を想い浮かべたのです。私が彼岸花の別名、曼珠沙華に魅了されたのは、この漢字の持つ梵語に繋がるかもしれませんが、私なりのこの花に対するイメージは、こんな風です。あなたが、感じる彼岸花は、どんな風を起こしてくれますか?

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2010年8月27日 (金)

ラムネの想い出に、逝く夏を惜しむ。

ことしの夏は、異常なほど、酷暑つづきで、各地で最高気温や熱中症の話題がニュースになりましたね。京都の五山の送り火を終えたら、お盆も終わり。あとは、秋の気配を感じる日々。のはずが、残暑が未だにつづく、空気のねっとりした毎日です。日陰で涼風が吹いてくれたら、縁台を出して、横道で夕涼みをしたいな…。お父ちゃんが、寝そべっているから、起こしておいでと、台所から母の声が聴こえてきそう。そんな風に、私にとって、夏の風情は、亡き父との幼い頃の想い出に重なります。

これは、だいぶ前に書いた詩ですが、幼い頃の私が、亡くなった父の面影を偲んで、当時、まだ元気だった父と娘の日常を綴っています。父は、まったく、アルコールに弱く、よそのお父さんがビール瓶を1ケース箱で買っていた時に、ラムネをビール代わりに、1箱御用聞きに運ばせていたのが、父らしくって好きです。

そのくせ、お酒に弱いのに、綺麗な芸奴さんがいるお茶屋通いでは、母を泣かせたそうですが…私は、そんな父も大好きです。粋な大人の男の色気を、父に感じます。では、想い出の多き、「縁台」というタイトルの詩(童謡タッチ)、お届けします。逝く夏を惜しむかのように…。

※このブログをケータイでお読みの方へ…詩の文字(フォント)を明朝体にしたからか、ケータイなどモバイルではうまく変換できず、文字化けのようなソース文字が羅列するみたいですが、ゴメンなさい。weep気長に、下にスクロークしてくれたら、ちゃんと詩は現われ読めます。もちろん、PCやケータイのアプリソフトからは、支障なく表記されています。by May

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2010年7月 7日 (水)

七夕の宵に捧ぐ・・・恋のカタチ。

今宵は、七夕。織姫さまと彦星さまは、夜空のランデヴーを愉しまれているでしょうか?この世に生きる男女たちは、どんな恋物語を描いているでしょうか?星祭りの七夕に寄り添い、今宵は、私、長月瞑がイメージする大人の恋のカタチを、一編の詩にたくして、お届けます。

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2009年12月31日 (木)

木漏れ星に抱かれて

いよいよ、大晦日。平成21年も今日で幕を閉じます。明日からは、新しい年の開幕です。たった一日なのに、大晦日と元旦って時間の扉があるみたいですね。今宵は、こんな慌しい日にも、このブログの扉を開けてくださったあなたにこの一年の感謝を込めて、長月瞑から、初めて、私の詩をご披露します。この作品は、15年前、私が自分の詩に長月瞑としてのペンネームをつけ始めた頃の初期の作品です。あなたも、15年前の私に逢いに時空を超えて ほら、浮遊してみて…今宵、詩の夜空は満月です。         

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